月別アーカイブ: 2016年8月

お金を稼ぐことも大切だけど、お金以外で手に入れる方法も考えよう。

日本にいたころは、どうやってお金を稼ごうか、稼ぐためにどんな仕事するべきか、スキルを身につけるべきか、ということばかりを考えていた気がします。
お金が全てとまでは思っていなかったけど、お金たくさんあればとりあえず、必要なものは手に入ると思っていました。

でも、海外生活をし始めて、お金があっても手に入らないものがたくさんあるんだなぁと実感しました。
頭では分かってるつもりだったけど、実際直面すると感慨深いものがあります。

例えば、お店の人が作ったしょうが焼き定食とか、ポッキーとか日本のお菓子。あるいは、100均ショップとか。コンビニとか。
そういう、日本にいたら当たり前に享受できたサービスが、どんなにお金を積んでも、海外では、少なくとも今住んでいる東欧の国では受けられない。
(まあ、アジアならば日本法人がたくさん進出しているので、お金があれば手に入るものも多いかと思いますが、それでも日本とまったく同じ品質(値段)では難しくなるでしょう)

なら、お金以外で手に入れるためにどうするかということも考えないといけないなと思います。
方法としては、ずばり「自分で労働して手に入れる」ということです。

具体的にいうと、自分でおいしいしょうが焼き作れるようになったり、ポッキーみたいなおやつ作れるようになったり、100均などで売っている簡単なものをDIYできるようになったり、ということです。

小さなことですが、海外生活だと地味にQOLが上がります。お金の節約にもなるし。
そして、何より実際やってみると結構達成感あるんですよね。楽しかったり、もっと改善したいなって思ったり。

そんな日々の「労働」が「好き」や「スキル」につながって、
ゆくゆくはそれが「お金」を産んだりしないかな?!なんてね。

ではでは。

海外に目を向けようって考えてもらうって難しい、、、でもあきらめないゾ!

と思った件。

両親にいくら、海外の自宅に遊びにおいでよって言っても来てもらえなくて泣。

肉親ですら説得できないので、
海外に行ってみたい、住んでみたいって思う仲間を
増やすのって、難しいんだなぁと実感中した次第です。

あれだけ「海外に行ってみたい」って言っていた母親だったのに、
お金がないに始まり、
長いこと飛行機に乗っていられない、
テロが怖い、
仕事休めない、有給もうない、
旅行パンフながめてるうちに、海外旅行熱がさめた、
などなど行かない理由盛りだくさん。

きっとどれも本当の理由じゃなくて、きっと何か他にひっかかってることが
あるんじゃないかなとも思ったり。

例えば、漠然とした人生へのあきらめとか。老後の不安とか。

人間はついつい「ないもの」に目がいきがちです。
私も日本にいた頃は、「私はあれができない、これができない、能力がない」
と、ないことばかりで、落ち込んだり焦ったりしてばかりでした。

でも、海外生活を始めて、当たり前だったものが「ないないづくし」で、
でも、なくても生活できたり、なくても普通に楽しんでいる人たちがいたり、
「ない」が小さな「ある」に変わったときの達成感をたくさん味わいました。

これらの体験を通して、
「ない」のは当たり前なので「ある」ところから小さくても始めよう、
と思えるようになりました。

そうすると不思議と、あれあれけっこう「ある」じゃん!「なんて恵まれていたのか」と
気づき、周りへの感謝の気持ちが芽生えました。

本当にこの考え方ができるようになってから、毎日の生活が前よりぐんとつらくなくなり、楽しくなりました。
だから、この感覚を他の人にも味わってほしいなって思うんです。

どうしたら、ちょっとだけ海外に目を向けてもらえるでしょうか。うーん。
その一つの手段がこのブログで、読んだ人が少しでも、
「海外で生活かー、ちょっと考えてみようかな」って思えるようになったら良いなと思って書いています。
がんばろう。

ではでは。

第5話 新卒でちょっと海外行けそうな会社に入社!でも現実は甘くなかった。

大学(正確には大学院)を卒業した私は、
新卒で某民間企業に入社します。

その企業は(名前は売れてないけど)業界では3本の指に入るくらいの大手。
だが一方で、そしてその業界は過酷労働では有名。深夜・休日残業は当たり前、
しかもそれが「努力の証」みたいな雰囲気がありました。

それは就活の時点で分かっていたのだけど、それでも入社を決めたのは、
もちろん業務内容に興味があったのはもちろんですが、
「自分がどこまでできるか試してみたい」という気持ちが強くあったからです。

今なら言えるけれど、残業できる=自分ができる、は勘違いも甚だしかったなーと思います。
確かに、残業するほど作業をこなしていて、それはそれでスキルの一つかもしれないけれでど、
本筋ではないです。

本筋は、「自分は何がしたいか、何ができるようになるか」です。
もちろん残業したい、残業できるようになりたいとは私は思っていないのであって。

大分話がそれたような感じですが、実は関係があって、
会社員時代にすっかり見失いかけていた、
「自分は何がしたいか、何ができるようになるか」という問題とその答えについて、
海外生活を始めて、やっと真剣に向き合うようになれたと感じています。

話を戻して、そんな企業に勤め始めた私は、
最初の2年間くらいはガツガツと働きつつ、自由なお金も手に入れたので、
夜遅くまで飲んだり、合コンしたり、疲れた週末はマッサージに行ったり、
いわゆる「社会人生活」を謳歌していました。

そうそう、海外業務もなくはなかったので、
いづれは海外業務に携わって、海外出張したいなーなんて漠然と思っていたりしました。

しかし!そんな現実は甘くありません。
大学時代、ろくに研究もせず、突貫工事で卒業していた私は、
ろくに仕事ができず、飽きやすい性格もあり、仕事でスキルや専門性を磨くなんてこともせず、
だんだん「おちこぼれ」ていきます。
それでも、「仕事できないやつ」って思われたくなくて、何とか取り繕おうと必死でした。

そしてついに、「最大のミス」を犯し、それをきっかけに崖を転がるように仕事へのやる気を失っていくのです。

つづく。

海外生活でこれは必須!!日本からもっていくべき調理道具4選!

こんにちは。
今回は長期の海外生活において、ぜひこれは日本で購入してもっていくべき
調理道具についてご紹介したいと思います。

基本的にこっちにあるものはこっちのものを使うのが、私の基本方針ですが、
やっぱり和食作るのにこれはないとと不便だなと思ったり、
さすがにこれは値段が高すぎるor使い勝手が悪いと感じたものは、日本から購入して使っています。

東欧の国で1年半、試行錯誤の結果、これはどうしても必要だと思ったものですので
良かったら参考にしてください!!

1、包丁と砥ぎ石

包丁は毎日使うもの、よく切れるもので、自分の手に合うものを出国前に
入手しておくことをおススメします!
こっちの包丁、切れないんですよね。そして基本的にでかい。
高い値段をつめば、いい包丁に出会えるとは思いますが、
日本で、日本人の手になじむように作られた、ちょっといい包丁が
コスパ的にもいいと思います。
そして、砥ぎ石も。買い換えることができないので、
1本を長く使うためには砥ぎ石も一緒に持ってきましょう。
そうして大事に使うと、包丁が戦友のようになります。

2、菜ばし

長い箸、こっちで売ってないです。割り箸はあるけどね。
専門店にいけばあるかもですが、
かさばらないし、安価だし、使い勝手もいいし、
菜ばしは日本から購入すべき品だと思います。

3、しょうがすりおろし器

すりおろし器はこっちでも売っていますが、目が粗い!
なので、しょうがやニンニクをおろす時に使う
あの一般的なすりおろし器があるととっても便利です。
こっちにはチューブニンニクやしょうがが一般的ではないため、
日本にいるとき以上にしょうが&ニンニクはよくすることになるのでなおさら。

4、小さい泡だて器

何となく買ったのですが、こいつ、結構使えます。
ちょっとたまごを解きほぐす、ドレッシングを混ぜるなどの用途で重宝しています。
こっちのものはとにかく何でも「でかい」ので、小さい調理器具は日本のものがいいなと思います。

番外編、なべが蒸し器になる足つきふたみたいなやつ(100均)

これは必須じゃないですが、思いのほか大活躍しているのでご紹介。
ネットで検索したら、どうやら「蒸し板」といわれているようです。
100均で購入しました。
穴の開いたステンレスの丸いフタみたいのに足がついているもの。
これを鍋においてフタ部分が水にかぶらない程度に水をいれたら、あら簡単!
自宅の鍋が蒸し器に早代わり!というわけです。

蒸し料理なんて今までほとんど作ったことなかったけど、(蒸し器なんてもってないからね)
ブロッコリーのビタミンは水溶性で、水でゆでると流れちゃうって聞いてから、
ゆでないで「蒸す」ことにしてから、この蒸し板が大活躍しるようになりました。

そう、蒸し野菜が簡単につくれるんです!!これで不足しがちな野菜摂取をカバー!
またどーしても肉まんが食べたくなって、作ってみたら、結構うまくできて感動したり。

日本にいてもかなりな便利品なので、ここで番外編として紹介しました。

以上です。
どれも日本で簡単に、(包丁以外は)安く手に入るものばかりです。
ぜひ、海外で生活されるかたは、荷物にしのばせておくと、絶対損しませんよ。

海外生活するのに料理初心者が日本で購入すべき和食の基礎調味料は、この5つ!

東欧の国に移住して2年半が過ぎました。
こちらの食事も美味しいけれど、やっぱり家では和食が食べたくなるのは、在外日本人あるあるではないでしょうか。

我が家は、東欧の国で駐在生活を始めてから移住してから日本に5回ほど一時帰国し、その度に日本食材を買って持って帰ってきています。
最初は、あれもこれもと思いついたものを買っていましたが、全然使わなかったり、かと思えば、足りなくなったり。。

でも次第に、段々と必要なものが定まってきました。
飛行機での持ち込み荷物は、超過料金なしで持ち込める重量が決まっています。
だから、過不足がないように必要なものだけを必要な量だけ選ぶことがとても重要です。

よっぽどのお金持ちで無い限り、このスキルは駐在員家族の必須とも言えるでしょう!

その中でも、海外で和食を食べる際に必須になってくるのが和食の基礎調味料!

東欧の国ではなかなか手に入らないか、とても高価な調味料も多いです。

在日本人が多い国では現地でも手軽に購入できる所もあるでしょうが、やっぱり高価だったり売っているところが少なかったり、味や質に満足できない場合もあるのではないでしょうか。

そこで今回は、私が東欧の国に2年半駐在してみて、日本に一時帰国した際にこれは絶対日本で買い足す和食の基礎調味料を5つを紹介したいと思います。

駐在国の状況や家族の好みと照らし合わせつつ、参考にしていただければ幸いです。 続きを読む

第4話 上京、時々、海外旅行で「ここじゃない」感が落ち着いた 大学時代

東京にある大学に通い始めた私。
大学の寮に入りました。
私の入った大学は学部が2つしかない大学だったので、
東京に出てきたのになんとなく、親近感がある人たちが多くて、
高校よりも楽しく過ごすことができました。

もちろん、受験勉強から開放されて、
(勉強そっちのけで)バイトに部活に明け暮れたのも大きい。

そういう自由で、かつ、周りに恵まれた環境で
私がずっと感じていた「ここじゃないどこかへ」感は薄れていきました。

でもこの頃から、海外旅行に行くようになりました。
自由な時間とお金(バイト代くらいなもんですが)が出来たのもありますが、
この海外旅行は純粋に「みたことないもの見たい」というのが動機だった気がします。

もちろん、国内にも「みたことないもの」なんていくらでもあるし、
実際部活の先輩が「海外に行く前に日本でやらなきゃならないことがたくさんある」って
主張してたのも、確かにな、って思っていたけれど、

私は「じゃあ海外のほうが、何でもみたことないことだらけだろうから、
手っ取り早いじゃん?」って思っていました。

今考えても、大学時代、お金はちょっとしかないけど、自由な時間と体力があるうちに、
海外旅行しといて本当に良かったと思います。

大学時代に短い時間ではあったけど、海外を体験して、
いいところも悪いところも「みた」ことは大きな糧となっています。

これがなかったら、結婚して子どもと一緒に海外生活なんて言われても、
未知すぎて不安だけが先に立って承諾できなかったかもしれないなー。

だから、たくさんのおじさんおばさんが言ってて、うざいなーて思ってるかもだけど、
20代の若人よ!今のうちに海外はいっておいたほうがいいよ!

なんて、娘のお昼寝中にこのブログを書きながら思ったりします。

ずいぶん脱線してしまいましたが、私は大学時代に行った国は、
ケニア
ポーランド
フィリピン
タイ
マレーシア
オーストラリア
インドネシア
インド
スリランカ
香港

の計10カ国・地域になりました。
1人バックパック旅行から友達との卒業旅行、
トラブルももちろん沢山あったけど、
どれも今となっては楽しい思い出です。

大学(正確には大学院)を卒業して就職した私は、
今度は仕事で海外行く!ことを目論見始めます。

海外移住までの夢のスケジュール!

いつかは海外移住(駐在ではなく)を目指しています。
今も海外に住んでいますが、数年内に帰国することは決まっているし、
駐在員の妻というステータスなので、実際の生活は家事と育児でほぼ一日が終わる生活です。

でも、できることはしておきたい。ということで、
今は夢、妄想に近いかもしれませんが、
海外移住のスケジュールについて
現時点で考えていることを書いておきたいと思います。

よく「書くと現実になる」っていうし、
私も20代半ばに「30才までに子どもを産む!」って書いてたら
実際、29才と10ヶ月の時に娘を出産できたし!ね!!

ということで、以下、海外移住、夢のスケジュールです。

30~35才:東欧の国で海外駐在(今年は32才)

実際はもう少し早めに帰国になるかもしれないです。この期間には、海外生活はどういうものかってのを体験またブログに書き起こしながら、この国を基点に他国にも旅行に行って見聞を広めたいと思っています。英語は、日常生活に困らないレベルまでには到達したい。ビジネスレベルまでは考えてません。他にもやりたいことしなきゃならんこともあるし。
あとは、帰国後にどんなスキルや勉強や仕事をするかの整理をしておく。いずれは海外移住を考えるからこそ、日本での経済的基盤や己のスキルを磨いておくことが重要だと考えいています。

35~40才:日本での基盤作り
娘は幼稚園に通うと思うので、その時間はどこかに働きに出ます。具体的にはおいしい和食屋さんで修行したい。料理が好きなので、海外での現地通貨獲得手段として日本料理店をやりたいなーと思っています。あとそれ以外に、外貨(日本円)獲得手段、主に不労所得というかたちで手に入れておきたい。

40~45才:再び海外駐在
旦那が今の仕事をやめていなければ、これくらいで再び海外駐在になるんではないかと考えています。どの国になるかはまったく不明だけれど、将来の海外移住に向けてどの国に住むかの選択肢や知識を増やすいいチャンス。このタイミングでインターナショナルスクールに娘が入ればバイリンガルになるかしら??私は日本での職は辞めなければならないけど、その分不労所得のほうに力を入れてコツコツ資金をためたい。

45~50才:帰国、海外移住のための各種スキル研鑽!!
日本に帰国したら、海外移住のための最終調整に入ります。不労所得による安定的な収入の確保、日本料理スキルの向上、飲食店経営のノウハウ習得などなど。

50才~55才:海外移住!!現地での基盤づくりに集中
さあ海外移住です!そのころ娘は20才になっているので、己の道を歩んでいることでしょう。育児からは開放されているはずなので、現地での生活に慣れるとともに、日本料理店開業のために、日夜奔走する日々。年齢的にもこの辺りがアクティブに活動できる限界でしょうか。踏ん張りどころですねー。

55~60才:海外での生活が安定期に入る。
現地通貨も定期的に入ってくるようになって、生活が安定します。海外を拠点においたけれども、年に2~3回は日本に帰って親戚にあったり、日本食を食べたり、日本食材を購入したりします。また、定期的に海外旅行にも出掛けます。

60才~:体力が続く限り働く
定年の年になりましたが、おそらく年金もそうそう期待できないので、不労所得に頼りつつ、できるだけ現地で仕事を続けていく。生活のハリにもなるし、現地での人とのつながりを保つうえでも重要です。そのためには、それだけの価値を提供していかなくてはいけません。おばあちゃんになっても自己研鑽あるのみ!

以上です。ばら色で楽観的すぎるかもしれないな。かと思えば、思ったより時間ないし!!
でも、書いてるうちにワクワクしてきました。目指せ!50までに海外移住!!!!

第3話「ここじゃないどこか」を目指した高校時代 その2

第2話の高校時代の続き。
田舎のまちから県庁所在地にある高校に通うことになったら、
まだまだ世の中広くて、知らないことだらけだと感じました。

例えば、学力。
中学校時代はトップクラスの成績を誇った私も、
高校に入ったら中の中か下に転落。

塾に入って伸びた経験から、そのうち上がるっしょっと思っていたら
一向に伸びず。。

例えば、家柄。

私は田舎から出てきた中流階級の家の子でしたが、
県内の進学校だった私の高校には、
医者の娘やよくわかんないけどたぶん高給取り?地元の名士?の娘がごろごろ。
(ちなみに、女子高です)

いわゆるお嬢さんたちがたくさんいました。
田舎娘にはちょっと違和感があり、どうやって仲良くしていいか分かりませんでした。

あんまり親友と呼べるような友達もできず、
やっぱり「ここじゃないどこか」に行きたくて、
その方法は相変わらず勉強していい大学に入ることだと思って、
1浪して、東京の大学合格しました。(東大じゃないよw)

やった、ついに上京だ!!
1人暮らしだ!!
新しい生活に心が躍りました。

思えば、高校時代までの私の原動力は
つねに「ここじゃないどこか」に行く
ことだったんだなー。思春期ならでは?本能?それとも個性?

前ほど強くはないけれど、その気もちは今でもあるかな。

第2話 田舎から県庁所在地まで出てみた。でも、まだ「ここじゃない」感継続中。 高校時代

こんにちは。
現在、家族で東欧の国に住んで1年半になります。
人生、何が起こるかわからないよね。
まさか、私が東欧の国で生活することになろうとは!
そして、海外移住を本気で目指そうなどとは!

ん?でも待てよと。思うわけです。
改めて今までの人生を振り返ってみると伏線がないわけでもなかったなと。

そこで今回は今までの人生を振り返りながら、
私が海外移住を目指すまでにいたった経緯を書いていきたいと思います。

第2話 田舎から県庁所在地まで出てみた。でも、まだ「ここじゃない」感継続中。 高校時代

第1話で、中学生の私が「ここじゃないどこか」へ行くためにとった手段が
「勉強をして、同チューのやつらが来ない高校へ進学する」
でした。
もともと通っている中学校のなかでは、成績はトップクラス。
まあ、中学生が取れる手段としては現実的ですよね。

実は、成績に関しては井の中の蛙だったことがすぐ判明するんですが。

進学校を目指す塾に入るために受けたテストで、
希望校の入学判定が最低ランクをつけましたからね!!
以下、判定テストの結果を見ながらこんな会話があったそうな。

母:「先生、この塾に入ったら、娘は○○高校に入れるようになりますか?」(←母もずいぶん率直な質問しとるなww)
塾の先生:「うーん、正直分かりません」(←先生、そこは商売上「入れます!」と答えるところじゃないww)

当時の私はこんな会話が交わされているとは露知らず、
「わー中学校なら上位なのに、世の中って広いのね!こりゃもうちょっと勉強しないとw」
ぐらいしか考えておらず、楽観的でした。
たぶん、未知の世界への不安よりも、期待のほうが強かったんだろうな。
まあ結果、入塾を拒否されなかったおかげで、私は希望の高校に入ることができました。
ちなみに、その年、私の中学校ではその高校に入学したのは私だけで、
高校は県庁所在地にあったので、
ちょい「ここじゃないどこかへ」は達成できたわけです。

ひゃっほー人生ばら色!!

、、、、というわけには人生いきません。

また別の違和感を感じ、私の「ここじゃないどこかへ」感は継続するわけです。

長くなったので、高校時代の話は第3話で。